クレイトン・クリステンセン
増補改訂版 イノベーションのジレンマ
技術革新が巨大企業を滅ぼすとき
書誌
author | クレイトン・クリステンセン |
editor | 玉田俊平太(監修)、伊豆原弓(訳) |
publisher | 翔泳社 |
year | 2001 |
price | 2000+tax |
isbn | 4-7981-0023-4 |
履歴
editor | 唯野 |
2020.8.14 | 読了 |
2020.8.22 | 公開 |
2020.8.23 | 修正 |
2020.8.30 | 修正 |
本書の帯にあるように「偉大な企業はすべてを正しく行うが故に失敗する」という命題を扱った、あまりに有名な本である。成功した企業ほど持続的イノベーションに最適化されているがゆえに、それが当てはまらない破壊的イノベーションへの対応に失敗しやすいことを述べており、その原因はもちろん対策や具体例まで含んだ内容になっている。
要は成功した企業ほど成功した手法を洗練化させているため、特に単価の低い底辺で起こる破壊的イノベーションでは収益性が悪い分野の切り捨ては正義になってしまう。仮に上層部が脅威に気付いたとしても必然的に対応は既存顧客と市場を守ることが優先されるため、ここでも中間管理職や販売チャネルにとっては収益性の悪い破壊的イノベーションは扱わないことが正義になる。なぜなら、実際に短期的な利益率は上昇するからである。
しかし、結果的には破壊的イノベーションによる新しい市場・販売チャネルと低コストを武器にした段階的な上位市場への浸食(上位市場の破壊的イノベーションへの乗換)に耐えることができない。というのも、破壊的イノベーションに対して起きる持続的イノベーションのスピードは既存技術の持続的イノベーションのそれをはるかに上回るのが普通だからである。それゆえ、対応するのであれば既存の企業文化やサプライ・チェーンの影響を受けない全くの別組織で市場が小さい(=利益も小さい)状態から始め、技術より新たな市場そのものを探すように動くべきだ、ということを述べている。
技術革新がもたらす企業の栄枯盛衰は、本書が主なサンプルとして扱うディスク・ドライブ業界に限らず枚挙に暇がない。この破壊的イノベーションへの対応を本書の言葉でいえば以下のようになる。
破壊的技術の市場を正しく予測するのが難しいとき、マネージャーは、さらに熱心に調査し、さらに綿密に計画を立てようとすることがある。このようなアプローチは、持続的イノベーションには効果的だが、破壊的イノベーションの性質に関する事実を無視するものである。破壊的技術をとりまく不透明な環境のなかで、信頼できる事実は一つだけ、「専門家の予測はかならず外れる」ということだ。-/-そこで重要なのは、破壊的技術の市場は予測できないため、そのような市場に最初に参入するときの戦略はまちがっていることが多い(ので余力を残しておくべき:唯野注)という点である。(p212)
本書で検討した例では、実績ある企業が破壊的技術に直面したとき、開発における最大の課題は
技術的 なものであり、既存の市場に合うように破壊的技術を改良することだと考えるのが普通である。破壊的技術の商品化に成功した企業は、開発における最大の課題は、マーケティング 上のものであり、製品の破壊的な特性が有利になる次元で競争が発生する市場を開拓するか、見つけることだと考える。(p257)
しかしながら、これは『リーンスタートアップ』の主張と全く同一である。つまり、本書という「古典」をベースに(本書でいえばスピンアウトなり買収したスタートアップ企業が行う)上述の試行錯誤を、より実践的な方法(MVPやピボット)で説明したのがリーンスタートアップである、ともいえるからだ。言い方を変えると、リーンスタートアップは実践性(effectiveness)に注力しているので、イノベーションを考慮した組織論などには触れておらず、試行錯誤が求められる背景の理解などに関しては本書の方が有益である。
変化の激しい現代では不確実性も明らかに高まっており、イノベーションへの対応のみならず、それに加えてスピードや効率まで問われる時代になっている。新型コロナも顧客が商品・サービスに求める基準を変える(=新しい行動様式に伴う市場を生む)可能性を秘めている点では一種のイノベーションに等しい。
また、少し前の例で言えばオリンパスがカメラ事業の売却を発表した。デジカメもスマホという破壊的イノベーションに対して底辺からコンデジ、そして入門機から高級機へと市場を浸食されつつある。私はデジカメはニッチな分野(高感度、広角・望遠域など)であれば生き残るのではと勝手に思っていたが、スマホ自身が三眼(広角・標準・望遠レンズ)を備えてしまうとは想像できなかった。つまり、コンシューマ分野ではスマホの方が進化も速くなってしまい、本書の主張を裏付ける結果となっている。
もし、あなたがオリンパスの経営陣なら、これに対してどう対処すべきだと思うだろうか。本書が扱う例は大企業(特に製造業)のものが多いが、後書きでも触れている通り業種を問わず今日にも通用する本だと思う。
抄録
1
本書でとりあげるのは、業界をリードしていた企業が、ある種の市場や技術の変化に直面したとき、図らずもその地位を守ることに失敗する話である。どこにでもある企業ではなく、
優良 企業の話である。-/-
5
-/-しかし、すべてに共通するのは、失敗につながる決定をくだした時点では、そのリーダーは、世界有数の優良企業と広く認められていたことである。
このパラドックスを説明する-/-もう一つの説は、失敗した企業でも十分に健全な経営がなされていたが、成功している間の意思決定の方法に、のちのち失敗を招くなんらかの要因があるというものだ。
本書で報告する研究は、後者の見解を支持している。-/-優良経営企業の場合、
すぐれた 経営こそが、業界リーダーの座を失った最大の理由である。-/-これを突きつめると、現在広く認められている優良経営の原則の多くが、特定の状況にしか適していないことになる。-/-
6
-/-本書は、-/-どのような場合に広く認められている優良経営の原則にしたがうべきであり、どのような場合にほかの原則が適しているのかを判断するための法則を引き出す。