トオマス・マン
トオマス・マン短篇集
ガイド
書誌
author | トオマス・マン |
editor | 実吉捷郎(訳) |
publisher | 岩波文庫 |
year | 1979 |
price | 700+tax |
isbn | 0-324334-X |
履歴
editor | 唯野 |
2001.4.5 | 読了 |
2001.4.6 | 公開 |
2001.4.6 | 修正 |
2020.2.25 | 文字化け修正 |
芸術家を始めとする人間の心理の屈折・破綻を描いた作品が割と多くを占める短編集。解説によると、トオマス・マンを世に知らしめた「小フリイデマン氏」から「ブッテンブロオク家の人々」を経て「ヴェニスに死す」に至る時代が初期ということらしい。(逆に後半生はナチスとの対立が大きな意味を持ってくることになる。)
ありきたりな概要はともかく、どの作品にも知らずに引き込まれてしまうところがあって、内容に対して距離を置くという感覚がちっともなかった。これは原文もすばらしいのだろうが、それだけでなく訳文のできも非常によいからなのだと思う。特におもしろかったのは、意志の力が生に直結していたのだという「幸福への意思」、幻想的な対話を主題にした「衣裳戸棚」で、他では「小フリイデマン氏」「預言者の家で」などだった。こういう本を読むと幸せ/不幸せも何をどう見るか次第というか、訳が分からなくなってくるというか、そんな感じがした。まあ、それが魅力なのであろうけども。
抄録
50
然るに――然るに、おれの哲学的孤立が、おれをあまりにはげしく悩ませるという事実、かつその孤立が、結局「幸福」についてのおれの見解や、幸福だというおれの意識やおれの確信――それがゆらぐことは、まさに疑いもなくまったく不可能である――などと、どうしても一致しないという事実は、儼として存している。ときめれば、問題はそれで片づいてしまうが、やがてまたさらに、この独坐、この隠棲、この疎隔というものが、調子にはずれている、どう考えてもはずれているように思われて、おれをおそろしいほどむっつりさせてしまうような時間が来るのであった。(cf.141)
246-247
君を活気づけているすべての苦艱のうち、僕の知らないものは一つもない。それだのに、君は僕に恥じ入らせようと思ったのだね。精神とはなにか。たわむれる憎悪だ。芸術とはなにか。建設する憧憬だ。僕たち二人とも、欺かれた者、飢えた者、訴える者、否定する者の国を故郷としている。それにまた自蔑にみちた、自分を裏切るような気持の時をも、僕等二人は共有している。なぜなら、僕たちは人生に対する、おぞましい幸福に対する、屈辱的な愛で、われを失っているからだ。ところが、君にはぼくがわからなかったのだね。