夢野久作
ドグラ・マグラ (全2冊)
ガイド
書誌
author | 夢野久作 |
publisher | 角川文庫 |
year | 1976 |
price | 430 |
isbn | 4-136603-8 |
履歴
editor | 唯野 |
2001.11.4 | 読了 |
2002.1.6 | 公開 |
2002.1.9 | 修正 |
2020.2.25 | 文字化け修正 |
精神病理をテーマにした推理小説。ただ、この本の凄みは単純な謎解きというよりも精神病理が登場人物たち全員に関係してくる、その部分での絡みというか既成事実の逆転にある。だから、この本では結構どんでん返し的な演出が多く、著者独特の強調表現と相まって独自の小説世界が構築されており、それゆえ奇書の名が冠せられるのだろう。実際、私も最初は一気に物語に引き込まれてしまった。加えて、表紙の見返しにもあるように著者自らをして「これを書くために生きてきた」といわせしめ、10 年の歳月をかけた大作だけに物語の持つしかけも本当に多彩となっている。(とはいえ、長編のため逆に慣れてしまうと少しくどく感じる部分も少なからずあった。)
順に追っていけば、『ドグラ・マグラ』の書そのものが狂人の書として登場したり(上巻 p83、88)、主人公の生まれる前にまで遡る物語の発端(上巻 p100)と出自の解明(下巻 p324)、影法師として死してなお登場する正木教授の論文の数々(上巻後半、『胎児の夢』『脳髄論』etc..)とその執筆動機(下巻 p255、259、284)、正木教授の遺言状とその中での映画的演出、呉家の来歴と心理遺伝の原因(下巻 p189、205)、二教授の確執(下巻 p266、268-269、275、287、289、327、352)、そして最後のドンテン返し――と、これでもかとばかりに盛りだくさんである。記憶を取り戻したかに見える主人公が最後にたどり着いた心理的境地(下巻 p355)も、実にこの物語のフィナーレにふさわしい。読書人ならば一読すべき本だろう。
主要登場人物
呉一郎 主人公、記憶を失っており、心理遺伝に基づく治療を受けている
呉モヨ子 一郎の許婚、一郎に絞殺されるが息を吹き返し同じく治療を受ける
呉知世子 一郎の母。縫い潰しという珍しい刺繍を得意とする
正木博士 精神病理学者、心理遺伝に基づく治療を施す<!-- 一郎の父 -->
若林博士 法医学者、正木の同僚にしてライバル
斎藤博士 正木教授の前の九大精神病理教室主任教授、謎の死を遂げる
抄録
上 141
-/-中には診察違いの者なぞ。ポツリポツリといるかも知れぬが。これもやっぱり心配御無用。ほかの種類の病気と違うて。こいつばかりは誤診がわからぬ。一度「キの字」ときまるが最後じゃ。二度と出られぬ煉瓦の地獄じゃ。「違う違う」と言い訳したとて。それが、そのまま「キの字」の証拠と。今も昔も変らぬ運命(さだめ)じゃ。-/- (『キチガイ地獄外道祭文』より)
上 165
吾輩はあえて言う。公平、かつ厳正な学問の眼から見ると、決してそうは思えない。それは手足の曲ったのや、眼鼻の欠け落ちたのと同様に、外から肉眼で見わけることができないだけで、実際のところを言うと、この地球表面に生きとし生ける人間は、一人残らず精神的の方輪者ばかりと断定してさしつかえないのである。曲ったり、くねったり、大き過ぎたり、小さ過ぎたり、または知恵や情欲が多過ぎたり、足りなかったりする。いわゆる、精神的の方輪者ばかりで、押すな押すなの満員状態を呈していると考えても、断然間違いはないのである。cf.166 (『地球表面は狂人の一大解放治療場』より)
上 181-182
吾輩……アンポンタン・ポカンは、アラユル方向から世界歴史を研究した結果、左のごとき断定を下すことを得た。
曰く……脳髄の罪悪史は左の五項に尽きている……と……。