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寺山修司
ぼくが狼だった頃
さかさま童話史

ガイド

書誌

author寺山修司
publisher文春文庫
year1982
price400
isbn16-717302-6

目次

1本文
2抄録

履歴

editor唯野
2001.6.18読了
2001.6.18公開
2001.6.24修正
2020.2.25文字化け修正

寺山修司も浪人の頃には端から読み倒していたつもりだが、考えてみるとそれ以降はほとんど本に接することもないまま時間だけが過ぎたという感じがする。まあ勝手な根拠だが、寺山修司なら今後もリバイバルがありそうだし、そういう機会を待ってみるのもひとつの手かもしれない。

そんな感じでいたのだが、ふと手にとってこの本を読んだ。(角川文庫版はほとんどが既読なので、他の文庫で未読があるのだ。)しかし、流し読みをして思ったのは「あまりおもしろくない」ということだった。むろん、今でも『書を捨てよ、町へ出よう』などを読めば、おもしろいに決まっている。しかし、本書の場合、「さかさま」として登場する「童話への復讐」も割と予想できてしまう範囲だったのがマイナスだった。部分的にははっとさせられる箇所があるものの(この辺はさすがだと思う)、総じていうと目新しさに欠ける印象が強く、それが読後感までつながってしまったように思う。

抄録

19

「ホテルに泊まるということは、密室に自分を監禁するようなものだな」

と私は思う。

一体、ドアや鍵が必要になったのは、いつの時代からなのだろう。一枚のドア、一個の鍵の発明は、同時に人間不信のはじまりでもあったように思われるからである。

21

「きれいな、やさしい」おかあさんが他人を閉めだして、わが子を家にとじこめてしまうことのおそろしさは、マザーコンプレックスの支配する現代文明の特色である。そして、「おかあさんの留守に、他人と会ってはいけない」とおかあさんは子供たちを独占し、私物化し、いつのまにか「べつの狼」に変身してしまっていることについては、誰も語ろうとはしなかった。

33

ノラ(もちろんイプセンのそれ:唯野注)がもし、本当に目ざめて「人形妻」ではなりたくない、と思ったのだとしたら、それまでの能なしぶりの責任は、他人としての夫に一方的に負わせるのではなく、まず、何よりも無自覚な人形でしかなかった自分で負うべきであろう。「わたしがこんな能なしになったのは、あなたがたのせいですわ」などと言っているあいだは、まだまだダメなのである。