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白川静
孔子伝

ガイド

孔子は政治的敗者だったからこそ思想的高みに至ったのだという儒教の根本に対する問い

とても良い本です

書誌

author白川静
publisher中公文庫
year1991
price560
isbn4-12-201784-X

目次

1本文
2抄録

履歴

editor唯野
?.10.27読了
2011.1.1公開
2011.1.1修正
2011.1.4修正
2020.2.25文字化け修正

昨今の漢字学者では泰斗だった白川静の中でも有名な本。本書の完成度を高らしめているのは、本書の扱うのが孔子という人間を聖人としてではなく、その思想も極めて人間的な変遷の上に成り立っているのだということ、特にその思想的高みが孔子の政治的放浪期間、即ち政治的敗者だったからこそ到達できたのだという逆説性に強い説得力を持たせて展開されている点にある。

解説などでは、本書の成立した背景としての学園紛争も挙げられてはいるが、人の経験が思想に至る過程を読み解く物語だと思えば、本書は非常に刺激的な文章に満ちている。例えば、本書の初めの方(p19)にて以下のような記述があるが、これは一介の歴史書、学術書が説くレベルのものではない。

体制の理論とされる儒教も、その出発点においては、やはり反体制の理論であった。そのことは、孔子の行動がよく示しているところである。しかし反体制の理論は、その目的とする社会が実現したとき、ただちに体制の理論に転化する。それが弁証法的運動というものであろう。儒教的な思惟になお生命があるとすれば、それはまたやがて、新しい反体制の理論を生みだしてくるかも知れない。儒教ははたして、本来どのような体質をもつものであったか。今後においても、なお思想としての可能性をそのうちに含みうるのかどうか。哲人としての孔子は、それにみずから答えようとはしない。われわれはその伝記のうちから、何ものかをよみとってゆくほかない。

むろん、上記の記述は革命というものが持つ永遠のジレンマに触れているわけではあるが、思想の練られていく過程としては当然に避けられない問題でもある。氏の本といえば、やはり『字典』『字通』『字統』の三書であろうけれども、本書は学問を持つ人がその知識をベースとしてすばらしい本を生み出す良い例だと思う。

抄録

11

-/-孔子自身は、神秘主義者たることを欲しなかった人である。みずから光背を負うことを欲しなかった人である。-/-

ただ孔子は、たしかに理想主義者であった。理想主義者であるゆえに、孔子はしばしば挫折して成功することはなかった。-/-

14

孔子の最初の伝記作者は、『論語』各篇の編纂者たちであろう。しかし『論語』の編纂は、のちにもいうように、孔子の没後二百数十年にわたってつづけられたものであり、その批判者たちの資料をも含んでいる。-/-

17

孔子の伝記資料は、いちおう『史記』の「孔子世家」に集成されている。しかしそれは、遷の史筆にふさわしくないほど一貫性を欠き、また選択と排次を失したものである。はじめに祖系を述べ、また老子に礼を問うたという問礼説話を加えているのは、時流の要求にこたえたものであろうが、経歴の間に加えられている多くの『論語』の文には、適当でないものが多い。-/-