團伊玖磨
九つの空
ガイド
書誌
author | 團伊玖磨 |
publisher | 朝日文庫 |
year | 1979 |
price | 440 |
isbn | 260053-Y |
履歴
editor | 唯野 |
1997.10.? | 読了 |
2000.3.4 | 公開 |
2001.4.16 | 修正 |
2020.2.25 | 文字化け修正 |
「パイプのけむり」で著名なエッセイスト(とはいえ、この人の本業は作曲家である)による旅行記。文字通り世界をまたにかけて 9 つの秘境/奇蹟を訪れている。何ともうらやましく、そして序文がすばらしい。まさに著者の人と文章の面目躍如というところか。
抄録
3 序文
さまざまな色に変化する美しい空があった。あらゆる姿で僕を迎える広大な海があった。濡れたように光る緑の森が、眩しい純白の雪の原が、枯れ果てた林が、そして、川が、斜面が、行く雲を映す湖があった。
人の居ない処を歩いた。人の居る処も歩いた。人の居ない処にも、探せば必ず人の通った径(みち)があった。人の居る処には家があり、暮らしがあり、人々は愛し合い、時には憎み合いながら、営営と働いていた。遠い街、丘の上の家々、谷間の小屋の群れ。家は、遠く離れて見ると、人間の喜びと悲しみの函(はこ)に思えた。そして、遠い、人間の喜びと悲しみの函の上に、日が照り、風が吹き、月が浮かび、雨が降るのが見えた。
百代の過客の紡(つむ)ぐ経(たていと)と、人間の思考と行為が縒(よ)る緯(よこいと)は、地球上の何処ででも、刻一刻、歴史を織り続けていた。そして、歴史の綾織りは、地表を染め分け、朝も、昼も、夜も、その筬(おさ)の音を大地から空へ投げ上げていた。
この本は、遥かな筬の響きを伴奏に、さまざまに色を変える九つの空の下を、蟻のように歩き廻りながら、僕が心の底から歌った、地球への、人間への讃歌である。