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大宅壮一
昭和怪物伝

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書誌

author大宅壮一
publisher角川文庫
year1973
price260
isbn135002-Y

目次

1本文
2抄録

履歴

editor唯野
2000.3 ?読了
2000.4.16公開
2002.9.14修正
2020.2.25文字化け修正

昭和怪物伝と銘打ってはいるが、戦後初期までの人物が多いため、私のような人間には名前しか知らない人物の方が多く、実業界に至ってはその名前さえ知らない人物が多い。まあ、何はともあれ、本書が取り上げる人物の名前を挙げてみると以下の通りである。

  • 久原房之助 第一次大戦後の好景気で莫大な富を築く。S2 に訪ソしてスターリンと会見。その後、政界入りし政友会正統派総裁まで歴任する
  • 三木武吉 弁護士を経て政治家へ。報知新聞社長も務める。保守合同の立役者として活躍した
  • 河野一郎 東京朝日新聞で政治部内閣記者であったが転じて政治家となる。第一次鳩山内閣からは要職を歴任。日ソ国交回復交渉で政府代表となりフルシチョフと渡り合ったのは有名
  • 平塚常次郎 M39 に堤清六と会い意気投合して堤商会を作り、遂には北洋漁業を一手に収めるまでにする。以降は水産界の重鎮として政界にも大きな影響力を持った
  • 馬島かん?(漢字が出ません...) 医師。一時は賀川豊彦と共に革新運動に携わるも後に離れる。馬島式ダッチ・ペッサリーで有名
  • 藤山愛一郎 実業界で活躍し、膨大な肩書きと数々の要職を歴任する。日中国交回復に尽力した
  • 佐藤和三郎 戦前から証券業に携わり兜町の名物男と目される人物
  • 水野成夫 日本共産党で中央委員となるも獄中では真っ先に転向し物議をかもす。製紙業を経て戦後はメディア界で腕をふるう。文化放送、フジテレビ、産経新聞社長などを歴任。仏文学への造詣も深い
  • 安部真之助 毎日新聞で主筆を務めて退職。その後は NHK 会長その他を歴任する。エッセイストとしても名を成している
  • 下中弥三郎 独学で教員資格を得て教員となり、最初の教員組合を結成する。その後、平凡社を設立し成功する。戦後は平和運動にも活躍した
  • 谷口雅春 大本教などを経て「生長の家」を創始し教祖となる。戦後は追放を受けて開祖となる
  • 東郷青児 本名:鉄春。有馬生馬に師事。渡仏し帰朝後は二科会に属す。戦後すぐに同会を復興し二科会の総帥として活躍する
  • 勅使河原蒼風 前衛的な草月流を創始して既成の華道に反抗した
  • 岡本太郎 父は岡本一平、母は岡本かの子。渡欧して画以外のものも学ぶ。帰国後は前衛的芸術の旗手となる
  • 森繁久弥 NHK の「愉快な仲間」で認められ専属となる。映画「夫婦善哉」で人気を不動のものとし、その後は多方面に活躍
  • 石橋湛山 父は後に日蓮宗久遠寺の法主となった杉田湛誓。石橋は母方の姓。東洋経済新報社社長を経て戦中は軍部に抗し、戦後は第一次吉田内閣の蔵相を務め、S31 には総裁、首相となる

しかしながら、個人的に本書で最も感銘を受けたのは、著者による「怪物」なるものの定義の部分である。これが痛快極まる内容なので先に紹介したい。

そこで、動物実験風に定義を下すならば、怪物とは一定の外的刺激に対して、その反応を予期することのできない人間のことである。怪物は単なる悪党ではない。むろん善人ではない。両方の面を具えているというよりも、見る人によって、どっちともとれるようでなければならない。馬鹿では怪物になれないが、利口すぎてもいけないのである。複雑怪奇で、割りきることができないばかりでなく、分母も分子も大きくなければならない。具体的にいうと、行動半径が大きくて、振幅の広いことを必要とする。心の中の奥の院は他人にはのぞかせないし、のぞいてもわからない。いわば多次元の世界で、怪物の方から見れば、そうでないものは初等数学的な存在だということになる。もっとわかりやすくいえば、要するに怪物とは〝一筋縄ではいかぬ〟人間のことである。(p.7-8)

江戸末期の奇才平賀源内はうまいことをいった。すなわち、賢者が愚者をののしる言葉は無数にあるが、愚者が賢者をののしる言葉は一つしかない、それは〝山師〟というのだ。これを現代語に訳すれば〝怪物〟ということになる。

そこで〝怪物〟とは、一口にいうと、平凡人の頭では因数分解できそうもないような複雑なメンタリティをもった人物のことである。したがって、善人とか悪人とかいう道徳的な規準によったものではない。

もっとも、〝怪物〟には、いわゆる〝善人〟は少い。〝善人〟とはほかに大して褒めるところのない人物、といって悪ければ、頭脳的反応がきわめて単純で、心の中を簡単に見すかすことのできる人物のことである。(p.297)

怪物の怪物たるゆえんを分かっていただけただろうか。(ちなみに伊藤肇はこれに加えて、修羅場のくぐり抜けた経験の有無を付け加えている。)むろん、私などは怪物の「か」の字もない単なるあほなので、それを論じようとは思わないしその資格もないが、私にいわせれば本書はこれを知るだけでも意義があるといえるように思う。

抄録

17

久原の献金癖は有名。それも一種の先物買いなのだということ。例えば、孫文や大隈重信や田中義一がいる。

21

政党解消という考えを真っ先に抱いて熱心に動いたのが久原だった。これはその時点では失敗するものの、結局は大政翼賛会によって政党は解消したのであるから、結果は同じだったことになる。

31

今日では悪というと善の対語のようなイメージがあるが、昔は強いもの、猛々しいものをあらわす意味があった。悪源太義平などがそれで、他に身分が高かったり強い権力を持つ場合にも使われた。