藤原新也
ディングルの入江
ガイド
書誌
author | 藤原新也 |
publisher | 集英社文庫 |
year | 2001 |
price | 552+tax |
isbn | 8-747385-6 |
履歴
editor | 唯野 |
2001.12.26 | 読了 |
2002.1.6 | 公開 |
2005.10.5 | 修正 |
著者初の小説。同時刊行されている写真集である『風のフリュート』とでセットになる構成となっている。実際、『風のフリュート』の方は『ディングルの入江』の文章を断片的に埋め込みつつ、主人公がプーカに見せた故郷の写真集のような展開を見せる。そして、『ディングルの入江』のカバーはプーカの描く海岸線のような絵に重なる写真となっている。そのため、やはり両者を通読して初めて読了したことになる形式といってよいだろう。
その上で小説の方に目を転じると、終わり方が俗っぽい気もしたが、著者独特の世界に対する視点は健在で、その意味では小気味よく読みにくさもない作りだった。全体はプーカが自分を取り戻すまでの過程を追う流れとなっており、そこに主人公の写真-プーカの絵という、異なる表現手法を持つ登場人物の意思や発想、視点のシンクロする表現形式の点で新鮮だったように思う。
主要登場人物
私 主人公、日本人でアイルランドを訪れる
プーカ・ラファティ ブラスケット島出身の画家
ケイン・マックール アイルランド人、プーカと恋をするが別れる
シビラ ケインの妻
ロネ・カールトン 漁師、主人公たちをブラスケット島へ案内する
若者 植物学者で以前、ゲール語を学ぶためにブラスケット島を訪れる
アンガス・ムーア ブラスケット島出身者。プーカの理解者
抄録
14
それ(プーカの考えること:唯野注)がわからなかったのが、離れた原因かも知れない。今はそう思う。付き合っているだけのうちは、彼女のわからない部分がとても魅力的に感じられた。だがひとつ屋根の下に住むようになってみると、逆にそれがいつまでも自分に心を許していないことのように感じられてね。考えてみてもくれ。いったい自分のつれあいの生まれた土地や歳を知らない夫がこの世界のどこにある。
25
電灯を消し布団にもぐり込むと、窓明かりにぼんやりと浮かび上がる隣のベッドが見えた。旅の夜の一人寝の隣に並んだ空っぽのベッドは、いつも想像の、あるいは回想の絵筆によって彩られる暗闇の中の白いキャンバスだ。
57
アメリカへ移民したアイリッシュ系の人々が多くなることで、逆にアイルランドが彼らから母国視されるような現象が起こっている。だから、アイルランドにはアメリカ人のための旅行施設などがある。(彼らは自分たちの先祖(ルーツ)探しにやってくるということ。)