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ラーゲルレーフ
幻の馬車

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書誌

authorラーゲルレーフ
editor石丸静雄(訳)
publisher角川文庫
year1959
price360
isbn4-217203-2

履歴

editor唯野
1999.10.13読了
1999.10.14公開
2001.1.2修正
2020.2.25文字化け修正

実をいうとラーゲルレーフという作家の名前は本書を手に取るまで知らなかった。しかし、この人は女性として初めてノーベル文学賞を受賞している人で(1909)、日本でいえば「ニルスのふしぎな旅」(1906-7)の著者といえば、少しは身近に感じられるかもしれない。(ちなみに、スウェーデンの人である。)

作風としてはヒューマニスティックな色合いが非常に強い。いわゆる「善意の文学」という奴で、本作もごろつきのある男が「大晦日の午前零時に亡くなった」ことにより死神の馬車の馭者になるという話である。そして、そこで自らに堕落をもたらした諸々の要因が実は他人の悪意によるものではなかったのだという真実を知ることによって、改心していくというのが主なあらすじである。そんなわけで、ディケンズの『クリスマス・キャロル』に近い物語といえるだろう。

主要登場人物

エーディット 瀕死の救世軍の女兵士
ダヴィッド・ホルム ごろつきの男
ゲオルク ダヴィッドのかつての飲み仲間、現在の死神の馭者
グスタフソンとシスター・マリア 救世軍の同僚

抄録

45-46

「なあダヴィッド、そりゃあたしかに、こんな馬に乗り、こんな駄馬を使って、家から家と立ちまわるのは、あてがわれる役目の中でも一ばんいやな役目だろうさ。いつでもこの馭者の行く先き先きに、涙と嘆きとが待っているし、眼に映るものといったら、病苦と破滅、傷と血とこわいものばかりだからね。でも、そんなものはまだまだ、一番ひどいものとはいえないんだよ。もっとずっといやなのは、心の中にかくれているもの、つまりその、のたうちまわり、後悔にかまれて、やがておとずれるものに恐れおののいているものを見ることだ。いや、もっといやなことがある――さっきおめえに話したように、馭者はただ境目に立っているだけのことで、普通の人間なみに、ただ不正とか、幻滅とか、不公平な判決とか、無益な努力とか、気まぐれとかばかり見るような気がするのだ。あの世がずっと奥の奥まで見通せて、一定の計画だの、ちゃんとした指導だのいったものの有無が、たしかめられるってわけじゃあない。たまには、そんなものがありそうな気はいが見えることもあるが、たいていは、暗黒と疑惑の中をもだえ苦しみながら通らなくちゃならないのだ。