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D・H・ロレンス
現代人は愛しうるか
黙示録論

ガイド

書誌

authorD・H・ロレンス
editor福田恆在(訳)
publisher中公文庫
year1982
price500
isbn12-200935-9

履歴

editor唯野
2002.2.14読了
2002.3.10公開
2002.11.24修正
2020.2.25文字化け修正

『チャタレイ』で有名な D・H・ロレンスの本。だからといって、この本がそれ系の恋愛小説かというとそういうわけではなく、むしろ本書は哲学書というべきものである。そして表題の通りのことを論じているわけなのだが、結論からいってしまえばロレンスは本書の中ではっきり「個人は愛することができない」(p.177)と言い切っている。その論拠として、愛するという行為も結局のところは相手に対する自己の個性の主張であり、個人というかたちでしか自我を持ち得ない近代人にとって、その受け入れは自己の個性の喪失につながる二律背反にあるからだと説いている。つまり、ロレンスは個人主義の限界から必然的に導き出される対人関係、もっといえば近代人の描き得る世界の限界を論じている。

そして、ロレンスはそういう展開に至る切り口として黙示録(アカポリプス)を用いている。即ち、聖書の黙示録というものもまた、虐げられる弱者が弱者ゆえに持つ願望を織り込んだ方便なのだというのである。最悪の状況においてなお人の判断を誤らせるものが希望だとはよく言われることであるが(パンドラの箱に希望が残ったのは「希望」こそが最もたちの悪い悪徳なのだ――という解釈もそれゆえに生まれるのである)、キリスト教は黙示録によってそのための歪んだ希望をも巧妙にも取り込んでいるのだというのは確かに卓見だろう。

個人的にいえば、正直にいって結論そのものは、かなり自明のことだと思う。しかし、普段の我々はそれを直視しようとしない。それこそが自らの弱さであり黙示録の生き続ける理由なのだが、それだけに本書の提起するものは大きく、それを克服しようとするならば避けては通れない問いを発している。訳者をして「私に思想というものがあるならば、それはこの本によって形造られたと言ってよかろう」(p.259)といわせしめるのもうなずける。私も大学で社会学をやる前にこの本を読んでいれば、もっと大きな影響を受けたに違いないし、それだけの本なのも確かだ。むろん、読み手をかなり選ぶ劇薬としてではあるが。

それゆえというか、訳者の名前から分かるかも知れないが、本書は最終部分に至ると個人主義への反発が論じられる。私は個人や自我というものにより社会が細分化された時点で(その意味で)世界が小さくなるのは自明だと考えるし、またそれがそれほどに悪いことだとも思わない。(個人主義の中にいるがゆえの盲目的部分はあるかもしれないが...)むしろ、本書が描く「全体性」の回復は根源的回答であるように見えて、現代では巧妙な管理社会・資本主義においてこそ現実味を持っているであろう点が恐ろしい。というのも、個人として出発した人間がそこからの逃避や放棄というかたち抜きで「全体性」を得るのは極めて難しいことであり、それこそ一部の人にしかたどり着けない境地に見えるのである。そのため、私としては上記の論旨を認めながらも内容について全面的に同意できるというわけではない。それに関しては後からも述べるが、だからといってそれで本書の放つ問題の意義が色褪せるということは決してない。むしろ、もっと多くの人に読まれるべき本である。

抄録(前文)

訳者による「ロレンスの黙示録論について」より。全体の要旨はここを読むだけで事足りてしまうともいえるので、ちょっと長いが引用している。ゆえに、ここからだけでも、その劇薬ぶりがよく伝わるのではないだろうか。

7

-/-ユダヤ教的終末観より現実世界の腐敗堕落を侮蔑否定し、不当に蒙っている現世の悪と不幸とから逃避せんとするひとびとの心が描きだした幻影は、未来のミレニアム=至福千年への憧憬であり、メシヤ再臨と聖徒の当地というはなはだ復讐的な信仰であったが、当時の黙示文学とはそのすべてその途方もない願望と夢との縮図にほかならなかった。

9-10

-/-絶望(預言の敗れたこと:唯野注)はふたたび期待(メシヤの再臨:唯野注)をよび、その期待はやがて絶望に帰し、こうした交替がいくたびかくりかえされながら預言はいつしか黙示文学へと移行しはじめたのである。前四、五世紀の交である。-/-バビロン虜囚以降の政治的絶望は民衆を不信に駆りやったとはいえ、それはかならずしもかれらを宗教的背徳や現世の逸楽に逐いこんだのではなかった。まさにその反対である。それはむしろユダヤ教そのものの純粋化をはげしくすることとなった。現実世界に於満たされぬ野望が、神の名において復讐の刃を磨ぐのである。-/-

10-11