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田中優子、松岡正剛
江戸問答

ガイド

やはり江戸は現在までつながっている

書誌

author田中優子、松岡正剛
publisher岩波新書
year2021
price1000+tax
isbn978-4-00-431863-7

目次

1本文
2抄録

履歴

editor唯野
2026.1.18読了
2026.2.1公開

『日本問答』の続編。話題の中心が江戸時代であるため、当然ながら田中優子が全体をリードしているといっていいだろう。ざっくり両者のあとがきから要所っぽいところを引用すると以下のような感じである。

さて『江戸問答』にあたって、柱は、見立て・やつし・俳諧化・連・もどきの方法になりました。これらもデュアル構造をもちます。「もとの存在」があって、それを「やつす」「俳諧化する」「見立てる」「もどく」ことで別の存在が出現するからです。やつされ、もどかれた表現の向こうに、「もとの存在」が透けて見えます。そのように成り立つ二重の構造なのです。江戸文化は平安時代の文化をやつすことを中心にしながら、次々とデュアルな表現を生み出していました。それは文芸や美術だけでなく、都市構造や日常生活にまで及んでいました。

「面影」や「かたしろ」も、空間のつくり方、見え方として、江戸にとって重要な鍵です。そして、それらを包括する重要な視点は「編集」です。編集しつづけてきた日本、編集された江戸、という観点が必要です。(p365、田中)

こんなぐあいに、令和の世にいても、たえず江戸の思索や表現の事情は顕在化したくなるものなのだ。江戸は決して遠くない。われわれの日々のかたわらのバックミラーには、いつも西鶴や近松や、百鬼夜行絵巻や南総里見八犬伝が遠近のサイズを変えながら映ったままになっているはずなのだ。

本書の後半で、近世から近代への転換期にいったい何が分断され、何が放置され、保留されたままになってしまったのかを交わした。鎖国を解除して急激な開国に向かったために、産業も軍事も教育も多くが急ごしらえになり、その亀裂を埋めるべく大日本帝国は植民地政策や対外戦争に走ったのだが、それならそうしたことを明治の文学者や思想家たちが十全にうけとめられたのかというと、そこにも急ごしらえが目立ったのである。

そのあたりについて、田中さんは新渡戸稲造・内村鑑三・岡倉天心についての鋭い疑問を提出された。田中さんの指摘からは二つのことを考えるべきだった。ひとつは「武士道」「代表的日本人」「東洋と日本の覚醒」はあのような見方でよかったのかということ、もうひとつは急ごしらえを訂正するには何を組み立てなおせばいいのかということだ。-/-(p345-346、松岡)

つまり明治維新と敗戦は二重の意味で江戸時代を単なる封建時代の過去として片付けてしまったが、実際には江戸の思考なり底流というべきものが現在の日本を考える上でも残っており、そこをもっと再評価し活用すべきだというメッセージになっている。特に明治においては江戸こそが直近の過去にあたるため、その連続性を見るべきという趣旨になる。言われてみれば私自身にもそういう先入観があったと認めざるをえず、もっと勉強しなければいけないと痛感した。というわけで引き続き『昭和問答』も読もうと思う。

抄録

4

田中 そうであれば、なおさら戦ってどうなるというものではない。生物の歴史とともにわれわれの内側にいるんですからね。

松岡 ウイルスには細胞がないから、別の宿主の細胞にとりついて情報を転写させようとするんですが、それが感染症を生む。入りこむ相手がいなければ、ウイルスは自滅です。

6

松岡 カール・ジンマーが『ウイルス・プラネット』(飛鳥新社)というわかりやすい本をかいていますが、地球はもともとウイルス地球なんです。けれどもそれだけならパンデミックは起こらない。そこに何らかの人為的な行為が加わって、パンデミックになる。-/-

10-11

-/-江戸時代も含めかつての改元は、天皇の代替わりだけでなく、水災、疾疫(しつえき)、地震、暴風、火災、飢饉、兵乱そのほかいろいろな理由でおこなわれていた。讖緯(しんい)説にもとづく辛酉(しんゆう)、甲子(かっし)の年の改元も、必ずおこなわれた。だから一年とか三年しか続かなかった元号も珍しくない。万延(まんえん)元年などは、元年しかない(笑)。(田中)