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子母澤寛
新選組三部作
新選組物語

ガイド

書誌

author子母澤寛
publisher中公文庫
year1977
price400
isbn611201-Y

目次

1本文
2抄録

履歴

editor唯野
2002.7.16読了
2003.1.2公開
2003.1.10修正

新選組三部作の巻之三。まあ、既出と思われる話題が多いので正直にいってあまり新鮮味はない。それゆえ、抄録として取り上げている話題も結果的により散逸的になっている。ただ、書名が示すように史談というよりは小説的な描写のものが多く、雰囲気は前 2 作とはだいぶ違っている。

抄録

49-50/52

-/-一口に切腹といっても、新選組では、これを罰の軽重により大体四つに区別していたようである。形式は切腹でも、ただその座にすわるというだけで、検視の者へお辞儀をした瞬間に介錯人がうしろから首を斬り落して終う俗に扇腹と称するもの。その次が、本人が短刀をぐッと腹へ突たててから、時を見計って首を落とすもの、第三は徹頭徹尾本人に任せ、絶命するまでうッちゃらかして置くもので、これはずいぶん残酷だったという。第四は、友人なり血族なりが本人に手伝って、刀を引廻し、喉笛を切り、最後まで見届けてやるのである。

ここで隊士の介錯をした谷三十郎の腕が意外だったため問題になり、その一ヵ月後に斬殺された。恐らく斎藤ではないかといわれている。

68

大石鍬次郎の最期について。彼は伊東甲子太郎を斬った数ヵ月後、官軍に来て助けを乞うが容れられず拷問の末、殺される。このとき、大石の訪れた加納道之助が後に大久保大和と偽称した近藤勇を看破した人物でもある。

69-70

原田左之助には「死損ね左之助」の綽名があった。これは故郷である伊予の松山で武士と喧嘩をした際「腹切る作法も知らぬ下司野郎」と罵られて「やって見せてやる」と刀で腹を切って残った傷痕の逸話による。